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2009年12月04日

考えるということ

 囲碁は頭を使うゲームなので、考えることは重要なのですが、やたら考えていればいい碁が打てるとは限らないもの。早打ちでも強い人はいるし、長考派でも弱い人もいます。

 囲碁を教えていてセンスのあるなしを感じるポイントのひとつに、「要所で手が止まるかどうか」ということがあります。強い人、強くなる人は、ここというポイントで石を離して考慮するものです。

 手を止めるべきポイントというのは、

・勝敗を分けるような重要な場面(大きな得失がある場面)
・読み切れば勝ちが見える場面(勝負の焦点が絞れている)

といったようなところになります。所謂考えどころということですね。考えるべきことが明確にあるし、一生懸命考えればそれだけ成果があるはずの場面です。考えがいのあるといえるでしょうか。だから考えるべきなのです。

 囲碁は非常に広いゲームなので、絶対に結論の出ない局面というのもたくさんあります。こう打っても1局、ああ打っても1局という感じで考えてもきりがない場面ばかりといっても過言ではありません。そういう場面で趣向を凝らしたり苦心したりするのも一興ですが、くだらないといえばくだらない。手が広い場面ならば、思想の一貫性さえたもてば、ある程度どんな手でもいいのです。(やや大雑把ではありますが)
 
 手が広いところでは好きな手を打って、勝負どころで考えるというふうにメリハリをつければ、案外短い考慮時間でも1局を打ちきれるものです。大事なのは考えどころなのかどうなのか状況判断する力だといえるでしょう。


 やや脱線しますが、大学時代にある先輩と「頭がいいとはなにか」みたいな話をしたことがあります。最近は脳科学ブームなので、そういうことも解明されているのかもしれませんが、当時その先輩が主張していたのは「人間は脳ミソのすべてをつかっているわけではない、というよりも数パーセントしか使っていない。だから脳の機能的な個人差で頭のいい悪いが決まるとは思えない。大事なのはパソコンでいえばOSの機能で、脳の能力を管理する能力で発揮できるパフォーマンスが決まるのではないか」というようなことでした。この意見は非常になるほどと思ったものです。
 今日取り上げたことと絡めて考えても、かなり納得がいくのではないでしょうか。高段者がときどき考慮するだけですらすら打ち進めてうまくいくのに対して、低段者が一生懸命苦心惨憺してもうまくいかない。そんな現象も説明がつきそうな気がします。

 手を読むという作業に夢中になりすぎずに、まずは状況を確認して「読むべきかどうか」「なにを読むべきか」ということを整理して「考えることをコントロールする」ことが重要なのではないかと思います。


 
 
posted by das53jp at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 上達法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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